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東京高等裁判所 昭和46年(う)1780号 判決 1971年10月27日

被告人 緑川瑞来

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人松重君予作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

原審記録を精査し、当審における証拠調の結果に徴し按ずるに、

所論第一点は、原判決が弁護人の自首の主張を排斥した理由に法令適用の誤りがあるというのであるが、この点の原判示は、「台東区上野公園一番五九号先道路上でクリーム色と水色のツートンカラーのセドリツクで登録番号第足立記号不明末尾三〇〇号のタクシーが乗車拒否をして、運送申込者を車で引きずり怪我をさせて田原町方向に逃走した」旨の警視庁通信指令室からの指令内容においては、犯人についても、車種および車体登録番号によつて示されたタクシーに乗車する者として特定していたのであるから、右指令のあつた時点で、犯人もすでに官に発覚していたものというべきである、というのであつて、なるほど、所論のように自首の場合の犯人の特定は氏名、住所によつてなされるのが通常であろうが、本件の場合のような事例では、犯人の氏名、住所はわからなくても、確定した車の運転者として、原判示の方法によつて犯人が特定し官に発覚していると認めるのが相当で、所論のように単に犯人の特徴が判明しているにすぎず、犯人の特定がないとはいえないのであるから、原判示に法令適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

所論第二点は、原判決が、違法な現行犯逮捕手続による身柄拘束中の被告人の検察官に対する供述調書の証拠能力を争う弁護人の主張を排斥した理由に、訴訟手続の法令違反があるというのであるが、所論の点に関する原判示は、先ず、被告人の当公判廷における供述、証人大平恒の当公判廷における供述および大平恒作成の現行犯人逮捕手続書によれば、被告人を逮捕した大平恒は、警視庁蔵前警察署清島町派出所において警視庁通信指令室からの前記指令を受け、同所前において警戒中、右指令を受けてから約五、六分経過後右指令の内容と同一の車種および車体登録番号のタクシーを発見したため同タクシーに停車を求め、同車から降りてきた被告人に対して職務質問し、右指令どおり犯罪事実がまちがいないことを確認し、なお、同車の後方から出て来た若い男も被告人が事件の犯人である旨述べたので、同所において被告人を準現行犯として逮捕したことが認められ、同巡査は右の若い男の言葉から、刑事訴訟法二一二条二項一号の要件があると判断したことが認められるが、右認定の状況からは同号の要件があつたと解することはできない、とし、所論説示に及ぶわけであるが、上叙若い男というのは大平証言によれば、「現認していた人の車がついて来ていたのです、若い二人連れだと思うのですが」、であり、「追跡してきた人が被告人が犯人であるというようなことを言い、ああそうかと思つているときにパトカーが来たのです」という追跡者に当り、被告人の原審公判廷における供述の趣旨によれば、「傷害現場で車が追いかけて来たが、それは被害者が離れたとき横に来ていた車の中から停止するようにわめいていた、私は警察に行つて話した方が早く済むと思つたのでまいて上野警察に行こうと思つた、警察に行くと大声をあげて車にかくれた」時の追跡車の者と認められ、更に被告人の司法警察員に対する供述調書中の「男がはなれた瞬間、路上に転倒するのを見ましたが、そのとき白つぽい乗用車が追いかけてきていたので、私はそのまま走り続け……その間私は追せきしてきた乗用車をまくつもりでしたから時速六、七〇キロで走りつづけましたが約一・五キロぐらいも逃走したころ道路の右角に交番がありましたので、その前を右折し交番の前に車を止めました」という追跡車の人に該当する者と認められるのであつて、現行犯人逮捕手続書はこれを受けて「……手配類似車第足立五五あ三〇〇号を発見し停止を命じ、同車を停止させたら二八才位のこげ茶の背広を着た男の人が後方から車両で追跡して来て「この車は上野駅の近くで乗車拒否をして、運送申込者を車で引ずり怪我をさせた車で、この運転手は、その時この車を運転していた人に間違いありません。私はその場所からこの車を自動車で追跡して来ました」と本職に説明したので、本職は被疑者に対し間違いないかと尋ねるとそのとおり私がやりましたと自供したので傷害並びに道路運送法違反現行犯人と認めた」と記載されているのである。してみれば、本件現行犯人逮捕手続は刑事訴訟法二一二条二項一号にいう、犯人として追呼されているとき、に該当すると認めるのが相当である。この点に関する原判断は当裁判所と見解を異にするのであるが、結局前記現行犯人逮捕手続の合法性を判示するものであるから、このことを前提として被告人の検察官に対する供述調書の証拠能力を認めた原判示は正当であつて、論旨は理由がない。

所論第三点は前記現行犯人逮捕手続書の証拠能力を争うが、逮捕手続の違法性の立証に関する限り刑事訴訟法三二三条三号の書面として証拠能力を有するのみならず、その記載内容においても合法性が認められること前記のとおりである。又所論第四点は逮捕手続の事実誤認を主張するが、これ亦前記のとおり原審判断は結論において正当である。各論旨は理由がない。

所論第五点は量刑不当の主張であるが、本件犯行の態様、被告人の前歴等に照すと原審量刑は相当であつて、論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

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